介護殺人・少子高齢化・地方の貧困は全て「不況」が原因だと思う。(前編)
政治に詳しくはないけれど、詳しくないなりに自分で考えてみることがよくあります。
それは身近なこと……例えば病院・薬局に関わることなどです。4月からは「かかりつけ薬局」「お薬手帳の普及」の為の改正がありましたね。
その影で、全く話題になっていないけれども「1度の通院で処方される『抗うつ剤』は【2種類まで】」ともなりました。全く話題になっていないのですが、これではうつや不安障害が軽度の人でも治りにくくなってしまうのではないかなと感じてしまいます。
このような漠然とした考え方で「地方と不況」について考えてみました。
介護疲れ殺人事件・心中事件について思うこと
日本福祉大湯原准教授の調査に基づくまとめによると、14年間で介護疲れが原因の殺人・心中は550件もあったそうです。今日も朝のニュースで「「妻の介護に疲れた」 82歳の夫 殺人容疑で逮捕へ」という報道を聞きました。
介護や認知症、持病など「お年寄り・高齢者」に対しては色々な意見があるでしょう。
今月5日に80歳を迎えた私の祖母は少し疲れやすいなどがあるようですが、幸いにも重い認知症や重病を患ってはいないのでこれからも健康に過ごしてほしいと思っています。
おばあちゃん・おじいちゃん・隣のおじちゃん・向かいのおばちゃん
少し私の事を。
私は所謂おばあちゃんっ子・おじいちゃんっ子でした。生まれ育った青森県の小さな集落は人口が100人にも満たない小さな集落で、子供は10人もいませんでした。高齢者の一人暮らし世帯も多く、集落の高齢者はそれこそ「我が孫のごとく」可愛がってくれたものです。
ここは昭和後期と平成初期という時代背景もあったのかもしれません。不便な土地でしたから自分の子供が結婚して都市部に移住したなどの理由もあったでしょう。詳しくはわからないのですが、きちんと集落として自治体がありました。比較的若い人が自治会長などをするのでしょうが、そんな人はいたのかな……。よく祖母が平日の昼間に集会に行って、昼頃に自宅に戻るとか、回覧板を回したり、道祖神やお地蔵様の服を作ったりなどをしていました。
そういう活動は高齢化に伴い実施することが不可能になってきたようです。
時々実家に電話をしても、明るい話は聞きません。集落の小中学生はもはやほとんどいないようです。
寂れた場所という悲しみもありますが、集落・地方の過疎化の原因は決して少子高齢化のみが原因ではないだろうと思うのが私の意見です。
私の政治に関する意識
私は社会科が苦手だったのではっきりと「どうすることが国にとってベストか」「どうすることが国民に対してベストか」という議論はできません。
だけれども大なり小なり「これはちょっと、どうなんだろうなあ」「私はこっちの案の方がいいと思うなあ」と考えることはあります。
それを曖昧にしたままで少子高齢化や経済政策に対して言及するのは、どうなのかなと思います。私が読者だったとしたら「曖昧な話だなあ」とでも思うような気がします。
ですので、先に私のポリティカルコンパスについての画像を掲載します。
自分の言葉では上手く説明できませんが、漠然と「黒屋敷ぬいはこういう考えを持っているんだな」ということが伝わればいいなと思います。
閉鎖された社会で生活するということ
私が東北の小さな集落で生まれ育ったことは先述の通りです。
小さな集落には良い点も悪い点もあります。
良い点は地域密着、隣近所の繋がりが著しく強いということ。見知らぬ車が止まっているだけで噂されるとか、何処の某さんが奥さんに逃げられたとかの情報が一気に広まります。横のネットワークが強いのです。特に高齢者はテレビを見るか畑仕事をするか、或いは近所の噂話をするか、それくらいしか趣味がありません。これは加齢に因って体力が減ったり車の運転をやめたりすると更に顕著になるように感じます。
悪い点は、横の繋がりが強すぎること。極端な例は村八分です。
私が一人暮らしを始めたときにびっくりしたことは、一般的な役所では「誰が年金申請したか」とか「誰が何の病気を患っているか」などは絶対に表にでません。プライバシーや個人情報の問題なので当然といえば当然です。
私が生まれた町では、それがザルでした。
誰が何の書類を出したか、誰が生活保護を受けているか、誰が病院で何と診断されたかが、あっさりと噂話として広がってしまいます。
役場職員や医者・看護師などがこっそり覗いてうっかりしゃべってしまうケースもあれば、普段見かけない人が役所で手続きしている様子を見て怪訝に思った人が色々と詮索してしまうこともあります。それとはまた別に受給・通院している本人が何気なく呟いた内容が一気に拡散されてしまうこともあります。本人の想定を余所に、あらぬ尾ひれ背びれをつけて。
私が実際に体験したことは「障害者だとバレると親の立場が悪くなる」という理由から、実家を出るまで「病気がちなだけ」で一切の公的支援を受けることができませんでした。2008年に実家を出るまで。
私の家族はそれこそ異常なほど偏見を恐れていて、「誰もと同じ普通の家庭」にこだわりつづけていました。
噂は一度広まってしまったらどうにもならないですよね。炎上と同じです。
インターネットではアカウントを消すとかで逃げられなくもないかもしれません。
でも、生まれも育ちもその集落である父の面目や近所付き合い、職業への影響など、そういうことを考えると村八分とはいわずも「変な噂」を立てたくなかったのだろうと思います。
今でこそ障害者の雇用やセクシャルマイノリティー、高機能広汎性発達障害などが【単語として】広く知られるようになりました。
でも、それに対する失言問題も多くありますよね。
閉鎖的な社会では知識として「ソレ」を認識することはできても、多様性として認めることができないのだと思います。
自分と違うものは異常だという考え方ですね。
話の途中ではありますが、長くなってしまったので少し休憩します。
今日か明日か、遠くないうちに後編を投稿しますので、よろしくお願いします。
なかなか機能になれなくてCSSを調べたりなんだりしながら書いているものですから時間がかかって大変です。
機能や解説をしてくれるブロガーさんたちに感謝です。
【今回お世話になった記事の紹介】